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猫「地下鉄にのって」と丸ノ内線の半世紀


Notice

この投稿は2019年3月16日に個人ブログ「Rail to Utopia」で公開した記事を再構成したものです。

おことわり

この記事は著作権法第32条に基づき、批評のために歌詞を引用しています。

※文化庁は以前、歌詞引用に関するQ&Aを掲載していたのですが今は見当たりません。

地下鉄丸ノ内線を歌った楽曲といえば、椎名林檎の「丸ノ内サディスティック」を思い浮かぶ人は多いでしょう。「丸ノ内線」と明言しているわけではありませんが、「19万も持っていない御茶の水」「最近は銀座で警官ごっこ」「税理士なんて就いて居ない後楽園」「終電で帰るってば池袋」とあるように、丸ノ内線の地名が次々にが出てきます。

しかし、今回取り上げたいのは70年代に活躍したフォークバンド「猫」の代表曲である「地下鉄にのって」です。作曲は吉田拓郎で、彼自身が歌っているバージョンもあります。

映画帰りの丸ノ内線車内で、ぎこちない会話から先に踏み出せない男女のもどかしさを歌ったこの曲。丸ノ内線が重要な舞台装置になっています。岡本おさみの作詞した歌詞が、実に巧みに丸ノ内線の走行風景を描写しているのにお気づきでしょうか。

ねえ君 何を話しているの
だからさ 聞きとれないよ

もっと大きな声で
もっと大きな声で

出典:猫「地下鉄にのって」 作詞/岡本おさみ 作曲/吉田拓郎

歌は「君」の言葉が聞きとれないというもどかしさから始まります。なぜ「もっと大きな声で」話してほしいのか、それは当時の地下鉄車内が非常にうるさかったからです。

この曲が発表されたのは、半世紀以上昔の1972年。丸ノ内線には初代「赤い電車」が走っていた時代です。丸ノ内線が冷房化されたのは、初代赤い電車が引退する1990年代以降のこと。それまで夏は、扇風機(ファンデリア)の送風と、窓から取り入れる外気に頼る他あるませんでした。窓を開けながらトンネルを走行する地下鉄の車内は、隣の人の話し声も聞こえないほどにうるさかったのです。

あいまいに相槌する彼ですが、次の駅で発車までのわずかな静けさの中で会話のきっかけをつかもうと考えます。

でなけりゃ
次の駅にとまったら

走り出すまでの あのわずかな
静けさに話そうか

今 赤坂見附をすぎたばかり
新宿までは まだまだだね

出典:猫「地下鉄にのって」 作詞/岡本おさみ 作曲/吉田拓郎

走行中の車内はうるさい、停車すれば静かになるという単純な対比を思い浮かべますが、電車がどこを走っているのかが判明します。「今、赤坂見附を過ぎたばかり」、そう、次は四ツ谷なんですね。そして後述のように赤坂見附付近はカーブが連続するため、車輪とレールのきしり音が車内に響いていたはずです。

四ツ谷はご存知、丸ノ内線に2つだけある地上駅です。トンネルから抜け出して、車内に反響していた走行音から解き放たれる瞬間を彼は待っていたのです。二人は映画に行っていたようです。銀座のテアトル東京丸の内東映、日比谷の日本劇場(日劇)など、1970年代の銀座は「映画街」である、デートスポットとしても人気がありました。

そう君 とってもよかったの
今日の 映画はとても

もっとそばにおいで
もっとそばにおいで

猫「地下鉄にのって」 作詞/岡本おさみ 作曲/吉田拓郎

ようやく映画の感想を交わし、つかの間の静かで穏やかな時間が訪れますが、話はそれ以上進みません。もっとそばに来てほしいなんて伝えることもできません。そんな逡巡をかき乱すように、再び車内は騒音に包まれます。

車輪の悲鳴が 何もかも
こなごなに 立ち切ってしまう

もう おだやかな
静けさにもどれない

今 四谷を通りすぎたばかり
もう うんざりするほどいやだよ

猫「地下鉄にのって」 作詞/岡本おさみ 作曲/吉田拓郎

四ツ谷を出ると電車は急カーブをきしり音とともに曲がりながらトンネル区間に戻り、二人の会話は再び引き裂かれてしまいます。終点まで、四ツ谷のような静けさが訪れることはありません。

丸ノ内線建設史(下)に掲載の平面図を筆者が加工

地下鉄の中で伝えられる言葉はないと考えた彼は、電車から降りてしまおうと考えますが、切り出す勇気がありません。次の駅で、いや次の駅で、どこかで切り出さなければ、彼女はこのまま帰路につくだけです。

ねえ君 もう降りてしまおう
だからさ 次の駅でさ

ここはどこの駅かな ここはどこの駅かな
いいさ 次の駅にとまったら
何かを始めるように そこから歩いてみよう

次で降りるよ
君も もちろん降りるんだろうね
でも君は そのまま行ってもいいよ

猫「地下鉄にのって」 作詞/岡本おさみ 作曲/吉田拓郎

四ツ谷を出ると次は四谷三丁目新宿御苑前と雰囲気の似た相対式ホームの小駅が続きます。ここはどこか、新宿まで何駅か、はやる気持ちの中で彼は決心します。どこでもいい、次の駅に止まったら歩いてみよう。そこから何かを始めようと。

彼はどこで降りたのでしょう。新宿三丁目で降りて、新宿まで歩こうと考えたのかもしれません。「君」も一緒に降りてくれれば、二人のデートは新宿の繁華街へ新たな舞台に移ります。でも「君」は降りずにそのまま行ってもいいよと、彼はどこか達観しています。

彼らは結局、「またね」と当てのない口約束をして別れ、彼はひとり新宿三丁目の夜に消えたのかもしれません。二人の距離感と行方を、銀座から新宿まで約15分の地下鉄風景を通じて描き出した名曲です。

丸ノ内線2000系のピンクの内装は初代リスペクト Photo by MaedaAkihiko (CC by 4.0)

現代ではこの舞台装置は機能しません。車内冷房の完備で窓を開ける人はいません。カーブにあわせて車輪がステアリングする自己操舵台車で、急カーブの軋み音も大幅に低減されています。無言の時間に彼女はスマホでデートのダメ出しをSNSに投稿。自動放送と車内ディスプレイで駅を把握し、さっさと降りてしまうのでしょう。

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