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大阪メトロと東京メトロの名前に宿る地下鉄史


Notice

この投稿は2018年4月2日に個人ブログ「Rail to Utopia」で公開した記事を再構成したものです。

この記事は元々、2018年4月に大阪市交通局が民営化し「大阪メトロ(正式にはOsaka Metro)」と「大阪シティバス」が発足し、日本初の公営路面電車として開業した大阪市電から115年、日本初の公営地下鉄として大阪市営地下鉄が開業してから85年、公営交通としての歴史に幕を下ろしたことを受けて書いたものです(ただし現在も株主は100%大阪市)。

大阪市営地下鉄が1日から民営化され、新会社「OsakaMetro」(大阪メトロ)が誕生した。公営地下鉄の民営化は全国で初めてだ。1日早朝に御堂筋線なかもず駅で出発式が開かれ、始発電車が出発した。

大阪市営地下鉄は1933年に全国初の公営地下鉄として梅田―心斎橋間で開業した。9路線133駅の地下鉄とニュートラムを新会社が引き継いだ。

大阪市営地下鉄の2016年度の輸送人員は年間9億人で、関西大手私鉄5社をいずれも上回る。営業収益は1584億8千万円で私鉄5社で最高の近鉄と肩を並べる。株式は大阪市が100%保有する。

出典:朝日新聞デジタル(2018年4月1日)

社名に宿るルーツ

ほとんどの人は「聞いたことない」と言うでしょうが、「大阪メトロ」の正式な社名は「大阪市高速電気軌道」です。社名が「東日本旅客鉄道株式会社」で通称が「JR東日本」、社名が「東京地下鉄株式会社」で通称が「東京メトロ」というのと同じ関係です。

「大阪メトロ」という愛称には、東京メトロへの対抗心というか、強い意識を感じますが、一方で正式な社名の方は随分響きが異なります。特に「高速電気軌道」という用語は一般には全くなじみがないものだと思います。今回は「東京メトロ」と「大阪メトロ」にまつわる名前に込められた想いのおはなしです。

政府と東京都が出資する特殊法人であった帝都高速度交通営団が民営化して、東京メトロが誕生してから20年以上が経過しました。交通営団は一般的には「営団地下鉄」と呼ばれ、正式な法人名を諳んじることができるのは鉄道マニアだけだったかもしれませんが、いずれにしても「帝都」を冠する特殊法人が21世紀まで存在していたというのは不思議な話です。

東京メトロ大阪メトロ
前々身東京地下鉄道株式会社
(1920-1941)
東京高速鉄道株式会社
(1934-1941)
前身帝都高速度交通営団
(1941-2004)
大阪市営地下鉄
(1933-2018)
現法人東京地下鉄株式会社
(2004-)
大阪市高速電気軌道株式会社(2018-)

大阪メトロの正式な社名と、東京メトロの前身の法人名に共通するのが「高速」というワードです。高速というと高速道路や高速鉄道などを連想しますので、地下鉄が高速だというのは違和感があるかもしれませんが、自動車や歩行者と道路を共有するためゆっくりと走る路面電車に対して、高架や地下トンネルなど道路と立体交差した線路をスイスイと走る電車を「都市高速鉄道」と呼ぶのです。

いま「鉄道」と書きました。東京メトロの前々身となる2社の社名には「鉄道」が含まれています。地下鉄の「鉄」も鉄道ですね。一方、大阪メトロの社名には「軌道」という言葉が用いられています。

珍しい軌道と鉄道の平面交差(愛媛県松山市 伊予鉄道大手町駅)

鉄道は法律上、道路を走るものは「軌道」専用の線路を走るものは「鉄道」に分類され、前者は軌道法、後者は鉄道事業法が根拠法になります。そして社名が示すように、東京メトロは鉄道事業法に基づく鉄道、大阪メトロは軌道法に基づく軌道として整備されました。

大阪が「軌道」を選んだ理由

なぜ大阪は軌道として建設したのか。1970年に発行された『大阪市地下鉄の歩み』は経緯を次のように記しています。

大阪市の高速鉄道は主として道路に敷設されるよう路線が決定しているので、昭和の初期、最初の申請に際して軌道法にするか地方鉄道法にするか議論が戦われた。道路に敷設する以上軌道法の精神に基いて軌道法で行うのが妥当なりとの結論に達し、軌道法で申請して特許を受けたのである。(中略)

「道路に」といっているが「道路上に」と断ってないことに注意しなければならない。土地の所有権は上空から地下におよぶということになっている。だから道路敷内に作るのであれば、地下であろうと高架であろうと「道路に」作ることになるのである。

出典:岩村潔『大阪市地下鉄の歩み』市政新聞社(1970)

「精神とはなんぞや」と思うでしょうが、著者の岩村潔氏は1929年に大阪市電気局に採用されると、以降は高速鉄道(地下鉄)畑を歩み続け、最終的に高速鉄道建設本部建設部長を務めた生き字引のような方ですから間違いありません。道路に作る以上、軌道なんだというのです。

とはいえ道路下に地下鉄を建設したのは東京も同じこと。むしろ鉄道として建設された先行事例がありながら、あえて軌道を選択したのはなぜでしょうか。実は大阪市が地下鉄を出願した当時、地下鉄は鉄道と軌道のどちらで扱うべきか議論があったようです。1936年の『都市公論』にて内務省土木事務官だった田中好氏が次のように解説しています。

政府が大阪市に對し地下鉄道の敷設を免許する場合に於て、其の準拠法に関し内務・鉄道省に於て意見を異にし、内務省は軌道法に準拠すべきことを主張し鉄道省は地方鉄道法に依るべきことを主張して互に譲らなかった。(中略)

両者の意見は容易に解決しなかつたので、当時内閣に設けられた行政審議會議に附されたのであつた。同審議會に於ては議長と幹事との会合に依る幹事会議に附されて、やはり以上の議論が繰返されたのであつたが、道路地下に敷設するものは軌道法に準拠することが事業の性質と行政の実際にも合致すると言ふことに決定され、内務省側の主張が通ったのであったが、内務省が主張した従来地方鉄道法に依って許したものを軌道法に引き戻せとの要求は行政の運用上面白くないと言ふので却下され、従来免許したものはそのままとし将来免許するものは軌道法に依ると言ふことになって、此決議は本会議に報告されることになったのであつたが、遂に報告なくして終ったのである。

出典:田中好「地下鉄道法制定の必要」『都市公論』19(1) 都市研究会(1936)

地方鉄道法(現・鉄道事業法)は鉄道省(後に運輸省)の管轄ですが、軌道法は内務省(後に建設省)、後に鉄道省と共同所管になりました。そうなると縄張り争いになるのが官僚社会の常。次世代の交通機関である地下鉄の主導権を巡るバトルが生じたのです。結論から言えば、日本の地下鉄は大阪を除き全てが鉄道として建設されました。最終的には鉄道省(運輸省)が勝利するのですが、一時は内務省が主導権を握っていたというのです。

なお本論から外れるので深掘りしませんが、鉄道と軌道の縄張り争いの結末はこちらの記事をご覧ください。

鉄道誕生から延々つづく「二重行政」とは!? 役人の縄張り争いに”手打ちの条件”…非効率生んだ「2つの法律」(1/4 ページ) | 乗りものニュース

ひとくちに鉄道と言っても、大別して「鉄道」と「軌道」の2種類があります。認可を行う政府の担当省庁も異なってきますが、このような「二重行政」は、明治時代から熾烈な所管争いの舞台となってきました。(1/4 ページ)

鉄道省と内務省の共同所管ということは、さまざまな申請や折衝を両省としなければなりません。当然、利害が対立することもあるので、鉄道省との対応だけで済む地方鉄道法より確実に面倒です。しかし見方を変えると共同所管はメリットになります。

都市計画事業としての地下鉄整備

道路上に線路を敷設する場合、道路管理者から許可を得る必要があります。現在は鉄道も軌道も道路も同じ国土交通省が管轄していますが、省庁再編以前は建設省、戦前は内務省が道路行政を司っていました。これが軌道法の所管が内務省だった理由です。

軌道法は内務大臣の工事施行認可を得ると道路占用許可を受けたとみなされる規程があるなど、道路関係の手続きが簡略化されました。道路下を走る地下鉄も事情は同様なので、軌道として処理する方が合理的、という理屈です。

そして道路と切り離せないのが都市計画です。民営事業者が地下鉄を建設した東京では既存の道路を借りる立場でしたが、大阪では御堂筋のように道路と地下鉄を市が一体的に整備したという違いがあります。この意義を『大阪市電気局四十年史』は次のように説明しています。

大正九年三月免許の東京地下鉄道外二社及大正十四年五月免許の東京市営地下鉄道は都市計画法によらなかったが、本市の高速鉄道はこれと趣を異にし、都市計画法によりその計画及事業を定め、都市計画事業の一つとして工事を進めた所に大きな意義がある。即ち自治体にして市内交通の衝に当れる市当局が事業を執行するのだから、この鉄道の施設及方法は凡て都市計画の理念たる公共の福利増進に徹する公益事業たらしめねばならない。

即ち同法によった理由を端的に示せば、高速鉄道が交通の根幹をなすものであり、他の交通機関とは無論市の道路、河川、上下水道と工事上密接な関係があるので、

一、工事実施上他の土木工事と関連せるものが多く、たとへば道路、橋梁の上下に建設されるのだからこれらの工事と共同進捗せしめる必要がある。
二、財源関係上受益者負担金等が得られる。

そこで大正十四年十一月二十六日都市計画決定の件を内務大臣に内申したのである。かくて内務大臣は大正十五年一月十九日路線決定の件を都市計画大阪地方委員会に諮問し、引続き同中央委員会の決議を経て、大正十五年三月二十九日都市計画法第三条による内閣の認可を受けその計画が確定したのである。

出典:『大阪市電気局四十年史 運輸篇』大阪市電気局(1943)

「財源関係上受益者負担金等が得られる」を補足しておくと、都市計画法は事業で沿線の土地の資産価値が著しく向上する場合、建設費の一部を土地の所有者等に対して請求できる受益者負担金制度があります。つまり東京の地下鉄は道路に使用料を支払うのに対し、大阪では沿線から受益者負担金を得られるのです。

実際には御堂筋線の一部でしか実現しませんでしたが、莫大な建設費を要する地下鉄整備において有力な財源として期待されていました。そのためにも大阪市は、道路と地下鉄をイコールで結ぶ、つまり軌道と位置付ける必要があったのです。

低速な路面電車としての軌道ではなく、地下トンネルを高速で走る次世代の交通機関なので高速軌道というわけです。一見、異様に見える大阪市高速電気軌道は自分たちのルーツを大切にした良い名称だと思います。

地下鉄道から地下鉄へ

ここまで当たり前のように「地下鉄」と書いてきましたが、元々は地下を走る鉄道だから地下鉄道と呼ばれていました。東京メトロの前々身の「東京地下鉄道」とはそうした意味合いで名付けられた社名です。しかし、60年の時を経て民営化したときには「道」が取れて「地下鉄」になっています。

その間に道を踏み外してしまったのでしょうか?

浅草駅「地下鉄道のりば」看板(開業時)

1927年12月30日に現在の銀座線上野~浅草間が開業した時の公式資料や写真、ポスターを見てみると、社名と同じく「地下鉄道」と書かれていることに気づきます。これは開業時の浅草駅出入口の写真です。これでもかというくらいに装飾が付けられていますが、いずれも「地下鉄道」と書かれています。有名な杉浦非水のポスターも同様です。

ところが2年後の1930年1月に上野~万世橋間が開業する頃には、出入口の案内板は「地下鉄」に切り替わっているのです。この間に「地下鉄」なる略語が誕生し、浸透したということになります。

末広町駅「地下鉄道のりば」看板(1930年代)

いつの段階から「地下鉄」と呼ばれるようになったのか、明確に線を引くことはできませんが、国会図書館デジタルコレクションや新聞記事検索などで調べる限り1927年以前に「地下鉄」という言葉が使われた例はほとんどありません。

1928年に入ると雑誌の見出しなどにちらほらと使われだしますが主流はまだ「地下鉄道」で、「地下鉄」が頻出するようになるのは1930年代に入ってからのことです。この頃になると新聞も普通に「地下鉄」という略語を使っています。「東京地下鉄」と書かれているケースもありました。

東京地下鉄道が「地下鉄」という用語を戦略的に使い始めたのは、1929年頃と思われます。きっかけは同社が建設した浅草駅直結雷門ビルで開業した「地下鉄直営雷門食堂」でした。

開業時の新聞広告(1929年10月7日付読売新聞夕刊)

食堂が成功を収めたことで、東京地下鉄道は駅構内・周辺にチェーンストアを展開する構想を立て、第一弾として1930年に上野駅構内に日用品を販売する「地下鉄ストア」を開業します。以降、駅ビル「上野地下鉄ストア」「神田須田町ストア」や、エキナカ施設の「日本橋地下鉄ストア」「銀座地下鉄ストア」など、次々に展開しました。

“地下鉄”はブランドだ

つまり「地下鉄」とは東京地下鉄道が1929年以降、鉄道・関連事業のサービスブランディングとして展開したものだったのです。次の写真は1930年の上野駅出入口です。「地下鉄のりば・ストア」と併記された看板がブランド戦略を示す一方、立て看板は「地下鉄道」と記されており、普及期の混在状況が見て取れます。

「地下鉄道」と「地下鉄」が混在する出入口

最初に「地下鉄」という略語を考えたのが誰なのかは記録に残っていません。ただ「鉄道」が「鉄」に略されることは珍しくはありません。単語の頭文字を並べた略語は頭字的略称というそうで、日本語ではおなじみの存在です。

例えば「電鉄」は電気鉄道が導入された明治末以降に自然発生的に普及し、やがて公式に採用された言葉です(目黒蒲田電鉄、東京横浜電鉄、小田急電鉄)。「国鉄」も当初は「国有鉄道」、後に「日本国有鉄道」を略した言葉です。「〇〇鉄道」を「〇鉄」に略す事例は鉄道開業当初から文字媒体でよく使われていました。「近鉄(近畿日本鉄道)」「名鉄(名古屋鉄道)」「西鉄(西日本鉄道)」などは一般にも親しまれている言葉です。

しかし「地下鉄」は前述のように1930年頃を境に急速に普及した言葉であり、自然発生的なものではありません。東京地下鉄道が「地下鉄道食堂」「地下鉄道ストア」では語呂が悪いとして、上述の「作法」から響きの良い「地下鉄」を選んだのでしょう。公式のブランド戦略として発信したことで、一気に広まったと考えられます。

御堂筋線心斎橋駅入口(大阪市電気局四十年史 運輸篇)

御堂筋線が1933年に開業した頃には、関西でも完全に「地下鉄」が定着しており、「高速軌道」の出入口にも「地下鉄」の文字が見られます。

今や「地下鉄道」は、法令の条文や行政文書にまれに登場するのみの死語です(首都圏の地下鉄道の浸水防止対策協議会地下鉄道の火災対策基準の改正について)。地下鉄が地下鉄道の略称であることすら意識しない人もいるかもしれません。

地下鉄のさまざまな言い回し

「東京メトロ」「大阪メトロ」という呼び方は浮ついていて嫌いだという人がいます。営団地下鉄、大阪市交通局とも駅出入口の看板などには「Subway」の表記を使っていましたが、現在は「Metro」です。

地下鉄を「Subway」というのはアメリカ英語で、イギリスでは「Underground」が用いられます(地下深い路線はそのトンネル形状から「Tube」とも呼ばれます)。

ちなみに東京地下鉄道の英名は「Tokyo Underground Railway Company」でした。ロンドンの地下鉄に影響を受けた早川らしいですね。

難波駅18番出口(2018年)とくめいがかりの青島 CC BY-SA 4.0 をトリミング

一方「Metro」は世界初の地下鉄メトロポリタン鉄道に由来しますが、前述のようにイギリスでは「Metro」は使われません。直接のルーツは1900年にパリで開業したパリ・メトロポリタン鉄道会社(Compagnie du chemin de fer métropolitan de Paris)です。直接の関係はありませんが、ロンドンにあやかったものです。

パリ地下鉄の1号線は1900年パリ万博の開催に合わせて開業し、世界各国から訪れた人々を会場に運びました。その結果「Metro」という言葉が地下鉄を表す名称として世界中で用いられるようになったというわけです。

ただこれらの言葉は、必ずしも同じ概念を指しているとはいえません。

メトロという概念

「地下鉄」「Underground」「Subway」はいずれも地下を指す言葉ですが、「metropolitan」は名詞「metropolis」の派生形容詞で「首都の」「大都市の」といった意味を持ちます。

つまりメトロポリタン鉄道とは「首都の鉄道」であって本来、地下鉄という意味は内包しません。ロンドン、パリとも地下鉄として具現化しましたが、高架鉄道を含む都市高速鉄道全体を示す言葉といえます。

それをより正確に表現した言葉が「Rapid Transit」です。帝都高速度交通営団の英名「Teito Rapid Transit Authorit(TRTA)」や、20世紀初頭にニューヨークの地下鉄を整備・運営した「ブルックリン高速交通会社(Brooklyn Rapid Transit Company=BRT)」と「インターボロー高速交通会社(Interborough Rapid Transit Company=IRT)」にも「Rapid Transit」が含まれています。

★事故のはなし

この他、台湾の「Taipei Rapid Transit Corporation(1994)」、シンガポールの「Singapore Mass Rapid Transit Corporation(1983年設立)」、インドネシアの「Jakarta Mass Rapid Transit(2008年設立)」などアジアに比較的多く見られます。

新興国の「地下鉄」は都市全域を効率的にカバーするため、開発状況や地形に応じて高架区間・地下区間を組み合わせて整備されます。つまり本質的に「都市高速鉄道」なのです。

しかし近年、整備された路線網は「Metro」を用いる例が多ように感じます。「(Mass) Rapid Transit」の多くは実際の路線を「MRT」と呼びますが、馴染みのある用語ではありません。直截的ではないものの、都市高速鉄道を意味する「Metro」であれば多くの文化圏で通用します。台北でも近年は「Taipei Metro」の表記が一般的のようです。

地下鉄と私鉄・JRが一体的な直通運転を行う東京も、会社の枠組みはともかく「Metro」の概念に近い存在です。一方、大阪の相互直通運転は限定的で市内輸送が中心です。今後、本当の 「Metro」に成長できるのかが問われます。

北京地下鉄公式サイト「地鉄」と「Subway」表記が確認できる。

余談ですが、東アジア漢字文化圏に目を向けると日本語の影響が強く、中国では「地鉄」、韓国では「지하철(地下鉄)」、北朝鮮ではお堅く「지하철도(地下鉄道)」といいます。英語表記は「Metro」を使うケースがほとんどですが、北京地下鉄だけが「Subway」を名乗っているのは興味深いですね。

ずっと使われてきた“メトロ”

東京地下鉄道の開業当初から「メトロ」の言葉は一般に使われていました。

例えば東京地下鉄道の創業者・早川徳次は社員採用にあたり、他社経験者を嫌い、地元山梨県出身の若者を中心に雇用しました。同社の制服は青い詰襟に金ボタンという斬新なものだったため、彼らは「メトロボーイ」と呼ばれたそうです。また東京地下鉄道が1936年に発刊した情報誌の名前も「メトロ時代」だったりします。

東京地下鉄道の制服(1930年頃)
地下鉄博物館のレプリカ展示

新聞記事の見出しを拾ってみても、東京の地下鉄整備について「十年後に出現する大東京・メトロ : 六大弧線を地下にくり抜く日本橋中心の大交通網」や、大阪市営地下鉄について「一坪六合の土地で七年間の法廷争い メトロの開通を前にして近く実地を検証」やら、一般的に用いられていました。

1934年6月21日付時事新報

東京地下鉄道を引き継いだ営団地下鉄も、プリペイドカード「メトロカード」があったり、路線そのものを「メトロネットワーク」と呼んだりと、公式な案内は「Subway」としつつも、「メトロ」も身近な存在でした。

メトロンなんてのもいました

名前に込められた想い

2018年の元記事では「スタートしたばかりの大阪メトロですが、まだその愛称が定着するかどうかも分かりません。大阪市高速電気軌道も行政文書以外では全く聞かなくなってしまうかもしれません」と書きました。8年が経過した今、「大阪メトロ」は完全に定着し、正式名称である「大阪市高速電気軌道」は予想通り表には一切出ない社名になりました。

ただ大阪メトロのウェブサイトには、次のようなメタディスクリプション(検索結果に表示される文章)が設定されています(ページのソースを表示すれば分かります)。彼らとしては「大阪メトロ」ではなく「Osaka Metro」としてブランドを築きたかったのです。(本記事も全然、汲み取っていなくてごめんなさい)

大阪市交通局はOsaka Metro(大阪市高速電気軌道株式会社)としてリスタートしました。「大阪メトロ」「大阪地下鉄」ではなく「Osaka Metro」と覚えてください!

ただ「Osaka Metro」は公式発表の表記にとどまり、マスコミや一般利用者は「大阪メトロ」を使っています。マスコミには表記ルールがありますし、利用者としてもいちいちアルファベットに切り替えて入力するのは面倒ですから、やむを得ません。これはやや求めすぎだったのかな、と思います。

大阪万博のEVバス、「墓場」から移送始まる 不具合相次ぎ使用断念 [大阪府] [大阪・関西万博2025]:朝日新聞

 大阪・関西万博の会場などで使われていた電気自動車(EV)バスの移送が18日に始まった。大阪メトロは、車両トラブルによる事故が相次いだため…

もうひとつ面白いエピソードがあります。『帝都高速度交通営団史』によれば、営団は2002年5月に全役職員に新会社の社名案を募集したそうです。6659通の応募から「社名・愛称・マーク検討ワーキンググループ」がまとめた候補が以下の5案です。が民営化にあたり新社名の候補は以下の5案だったそうです。

  • 東京地下鉄株式会社
  • 東京地下鉄道株式会社
  • 東京地下高速鉄道株式会社
  • 東京地下鉄ネットワーク株式会社
  • エストメトロ株式会社

原点の「東京地下鉄道」や、もうひとつのルーツである「東京高速鉄道」の要素を含む案があったのは興味深いところです。「東京地下鉄ネットワーク」は第3セクターみたいですね。「メトロエスト(Metro Est)」はフランス語で「メトロイースト」の意味ですが、さすがにやりすぎです。

  • 東京で地下鉄事業を営む会社であることを的確に表すシンプルな名前であること
  • 「地下鉄」という用語は、昭和2年、上野・浅草間の開業以来、広く定着して使われていること
  • 社内募集の中で応募件数が最多であり、社名にかける期待度が高い事

結局、上記の理由から既定路線だった「東京地下鉄」で決着します。在職中しばしば、せっかく創業時以来の民営に戻ったのだから「東京地下鉄道」に戻せばよかったのにという声を聞きました。しかし新社名から「道」が取れたのは道を踏み外したからでも、歴史を忘却したからでもありません。

理由の2番目にあるように、自分たちが作り、育て上げてきた「地下鉄」というブランドが完全に定着して、「地下鉄道」を置き換えたということを示しているように思うのです。きっと早川徳次も喜んでいることでしょう。

改名についても必要以上にポジティブまたはネガティブになる必要はありません。名前が変わっても、これまで積み重ねてきたものは変わりませんし、これから積み上げていくものもたくさんあるはずです。東京地下鉄と東京メトロが、大阪市高速電気軌道とOsaka Metroが築く新時代は後世、どのように振り返られるのでしょうか。

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